江南市 だれもが主役、みんなで築く、みんなの郷土

サイト内検索  Powered by Google
HOME くらしの情報 まなぶ・あそぶ 行政情報 施設ガイド 各課のページ グローバルメニューここまで
 

ふるさと江南歴史散策道

観光・歴史

 

信長・生駒(吉乃)コース

D.宝頂山墓地−珍しい石廟形式の墓−

宝頂山墓地 全景宝頂山墓地 石廟 富士塚から約400mほど南の小高い丘にあり、茶の生け垣の刈り込みの中にあるのが「宝頂山」といわれる生駒家の墓所です。
 石製の小橋を渡ると、右端から信長の室「吉乃の方」の兄にあたる生駒家四代家長夫妻の五輪塔と五代利豊夫妻の石廟、そして十代周房の墓碑があります。
 石廟形式の墓は大名など格の高い人にはしばしば見られますが、この近辺には無くて、この墓地だけです。住居建築の切妻の屋根形をした石造りの墓で、中に石塔などを安置しています。
 二基の石廟は右側が生駒家五代利豊のもので、横幅123センチ、高さ120.53センチで桐の紋が彫ってあり、左側が妻のもので横幅96センチ、高さ120センチで生家の丸二の紋が彫ってあります。
 この一角は利豊の隠居所であったといわれ、この付近に住んでいたと思われます。言い伝えによれば、晩年は生きながらにして成仏することを願った利豊の心情を思い、六代利勝が住居にふさわしい墓を造ったものです。この石廟の側壁には生駒家六代利勝が筆を取った夫妻の事績が彫ってあります。
 利豊は幼い時より秀次に近侍し、16歳で小田原合戦に従軍しています。秀次の自刃後は秀吉に仕え、関ケ原の戦いでは徳川方として功績をあげています。その後、尾張藩主徳川義直に仕えて大坂夏の陣に従軍し、寛文10年(1670)96歳の長寿でこの世を去っています。

江南市役所 法人番号3000020232173 〒483-8701 愛知県江南市赤童子町大堀90 TEL:0587-54-1111 FAX:0587-54-0800
Copyright(C) 2006 Konan City All Rights Reserved.