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武功夜話

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武功夜話「9.前野将右衛門と蜂須賀小六は義兄弟だった」

前野将右衛門像

 前野将右衛門は、前野氏十四代小坂氏を名乗った孫九郎の弟で、戦国時代に活躍した武将です。
 将右衛門は、はじめ犬山城主織田信清に仕えていましたが、信清が信長に攻略されて浪人となりました。その後、蜂須賀小六とともに秀吉(籐吉郎)に仕えました。いつも小六と会い、小六を兄と慕い、義兄弟の契りを結ぶほどの気心の合った間柄でした。
 将右衛門は、小六の配下で永禄10年(1567)信長の岐阜攻めに呼応して、墨俣一夜城築城の時にはめざましい活躍をしています。元亀元年(1570)の朝倉攻め、同年6月の近江姉川の戦い、天正5年(1577)秀吉の中国平定にも加わりました。また、但馬国出石城を攻めて勝利をおさめています。続いて四国・九州・小田原征伐や朝鮮の役にも参加して抜群の働きをしています。但馬出石の城主となってからは善政を施し、安土城、聚楽第などの造営には普請奉行として事にあたり、非凡さを発揮しました。その上、細川幽斎との親交もあり、風雅を友として文武両道に秀でた武将でもありました。
 晩年は、関白秀次の後見役となり、不運にも自刃するという悲劇に遭いました。ときは文禄4年(1595)7月、68歳でした。法名は義道空心大禅定門と号し、その墓は江南市内前野町観音寺に祀られています。

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